スペーシアに乗って【日光東照宮】に日帰りで行って来ました!

特急スペーシアで行く、日光東照宮 旅と散歩
あっという間に都心部から、日光へ!
スペーシア号です。都心部と東武日光を繋ぎます。

私はこの日は大塚のAPAに泊まっていました。『スペーシア』で行くと池袋から東武日光駅まで2時間11分で到着します。ひと眠りもできないうちに着いてしまいます。

 着くまでの景色の変化も、現在は東京には住んでいない私にとってはとても楽しい時間となりました。

 大塚ー東武日光(乗車券:2040円)
 池袋ー東武日光(特急券:2100円) この日は池袋から2時間11分で東武日光に着きました。

月曜だというのに到着直後の電車からはたくさんの人が降りてきました。

ここを起点としてそれぞれ行きたいところを目指す場所となります。

バス停には日本人より外国人の人の方が多かったですね。

私は2Bに乗りました。

私は「2B」の【世界遺産巡り】『東照宮・輪王寺・二荒山神社』に乗りました。こっち方面に向かう方が圧倒的に多かったですね。外人の大きな方が多かったのでかなり周りが見渡せなくて参りました。

『輪王寺』『二荒山神社』あたりで降りて歩いても良いのでバスの運転手の方にどこに行きたいのかを伝えればどこから行けば良いのかを教えてくれます。私たち日本人は外国人観光客に比べて言葉のハンデは無いのでとても気楽に旅行が楽しめると思いました。

輪王寺から入りました。
とても平日とは思えない人出でした。

月曜に行ったのですが、直近の土日だったらと思うとぞっとするほど混んでいました。

人が少ないだろう月曜を選んだのですがこのあと人が増えるばかりでした。
大人1600円と久しぶりの高額拝観料でしたが実際の物を観ると高くないと感じる物でした。
五重塔(ごじゅうのとう)

入り口付近の『五重塔<ごじゅうのとう>』から、金ピカ度は高かったです。

樹齢300年以上の<日光杉>がそびえたっています。

東照宮内にはとにかく樹齢がとても長いだろう巨大な『日光杉』があちこちにあって、長い歴史を感じる風景となっていました。この日はとても天気も穏やかで良くて最高の陽気に恵まれました。

『見ざる・言わざる・聞かざる』①

三猿<さんざる>

単純に

「悪いことを見ない」・「悪口を言わない」・「悪い話を聞かない」

という意味ではありません。

実はこれは”人間の成長”を表していると言われています。

【三猿】がある建物は「神厩舎(しんきゅうしゃ)」   

つまり、神馬の馬小屋です。

昔は「猿は馬を守る」と考えられていました。

さらに、東照宮では猿の彫刻が8枚あり

*子供時代
*青年期
*人生の苦労
*結婚

*妊娠
*老後

まで、人間の人生を描いています。

その中の有名部分が
『見ざる・言わざる・聞かざる』 つまり「幼少期には悪を避け、素直に育て」という教えなのです。

異なるバージョンを見つけました!

眠り猫

眠り猫は東照宮の中でも特に有名ですが。実際に現物を見るとかなり小さくできています。

これは、”わざと小さく”作られています。理由は諸説ありますが・・・

有力なのは、『平和の象徴』です。

猫が安心して眠れるほど、天下は平和になった。  

つまり『徳川の世は安定している』という意味です。

しかも、裏側には雀<すずめ>がいます。これを意識して見てみてください。

通常、猫と雀<すずめ>は敵同士ですが、雀が逃げないほど平和。 つまり、「戦のない世」を表していると言われます。

眠猫  かなり小さくてわかりずらいですね
実際はかなり小さいです。

栃木県の『日光東照宮』は徳川幕府を開いた<徳川家康>を神として祀<まつ>るために作られた神社です。

簡単に言うと・・・

◎「家康を神として祀る」
◎「徳川幕府の権威を全国に示す」
◎「江戸の平和を長く続ける象徴にする」

という目的で建てられた。

誰が作ったのか?

最初に『日光東照宮』を作らせたのは、【徳川秀忠<ひでただ>】家康の息子です。

家康は1616年に亡くなりました。

その後、
*まず、静岡の久能山<くのうざん>に埋葬<まいそう>
*その後「日光に祀る」という遺書に従って移された。

と言われています。

現在の豪華な姿に大改修したのは、『徳川家光<いえみつ>』(家康の孫)です。

つまり・・・

☆家康<いえやす>⇒亡くなる

☆秀忠<ひでただ>⇒東照宮を創建

☆家光<いえみつ>⇒超豪華に大改装

という流れです。

何のために作ったのか?

①徳川家の権威を全国に示すため

当時は戦国時代が終わった直後でした。

全国の大名に対して

『徳川家は特別な存在』
『家康<いえやす>は神になった』

ということを示す必要がありました。

東照宮の豪華さは

『徳川幕府の圧倒的な力』そのものだったのです。

②平和を願う意味

家康<いえやす>は長い戦乱を終わらせた人物でした。
そのため

・国の安定
・五穀豊穣<ごこくほうじょう>
・天下泰平<てんかたいへい>

を祈る意味もありました。日光は「江戸の北」を守る霊的な場所とも考えられていました。

③全国の大名にお金を使わせるため

これも非常に大きな内容です。

東照宮の大改修では、全国の大名たちが工事を担当しました。

つまり、幕府は

「徳川家のために働け」
「莫大な費用を負担しろ」

という形で、各地の大名の力を弱める目的も持っていました。

これは江戸幕府の政治戦略でもありました。

いつからいつまで作ったのか?

最初の創建

1617年頃 『家康<いえやす>死去の翌年・比較的質素な東照宮でした。』

現在の豪華な姿になった大改修

1634年~1636年頃

わずか約1年半ほどの大工事です。

この短期間で・・・

・陽明門<ようめいもん>
・三猿<さんざる>
・眠猫<ねむりねこ>
・本殿<ほんでん>
・唐門<からもん>
・五重塔<ごじゅうのとう>

など現在有名な建物の多くが整備されました。

どれくらいの人が関わったのか?

記録では・・・

*のべ数十万人規模 

とも言われています。

全国から

*宮大工<みやだいく>
*彫刻師<ちょうこくし>
*漆職人<うるししょくにん>
*金箔職人<きんぱくしょくにん>
*石工<せっこう>
*武士<ぶし>
*人夫<にんぷ>
などが集められました。
当時の日本最高レベルの技術者が総動員された巨大国家プロジェクトでした。

なぜあんなに豪華なのか?

東照宮はそれまでの日本建築では珍しいほど『極彩色<ごくさいしき>』です。

特に有名なのが・・・
・金箔<きんぱく>
・漆<うるし>
・中国風デザイン<ちゅうごくふう>
・精密彫刻<せいみつちょうこく>

です。当時の日本最高の工芸技術を集め、「世界に誇れる将軍家の聖地」として作られました。

有名な『見ざる・言わざる・聞かざる』の三猿や、「眠り猫」も単なる飾りではなく・・・
・平和
・人生教訓
・徳川の安定

を象徴する意味が込められています。

途中で面白い自販機を発見しました。

全て『おーいお茶』の自販機でした。

今回はさすがに買っている人は見かけませんでしたが、全て『おーいお茶』なのでこの自販機で欠品は起きないだろうと思います。

帰り道は殆ど歩きました。

変わった電話ボックス発見!

駅までのバス通りを歩いて帰りました。行きから歩いている人も多かったので帰りはできるだけ歩きたいと思っていました。

物凄くレトロな「電話ボックス」を見つけたので記念に撮影しました。

帰りも「スペーシア」

無事に『東武日光』駅に着きました。帰りは16時38分発のスペーシアなので余裕がありました。

次に来る機会があれば、【中禅寺湖<ちゅうぜんじこ>】に行きたいと思います。

ぜひ、『華厳の滝<けごんのたき>』を観たいと思います。小学校の遠足で行ってからいってないと思うので。

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